言葉と思考・観たもの感じたもの🎹🌼🌿🌷🐦✨

演劇・映画・音楽を観た感想を書いてます。日記のような思考の記録もあります。

観劇「博士の愛した数式」



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まだ冬の寒さがある、2月下旬。

博士の愛した数式」を観てきました!!

 

※感想は内容を含みます。

 

小さな劇場の中に入ると、客席と舞台との距離は程近かった。お部屋の中の舞台美術。オレンジと黄色の明かりがふんわりと温かみがある空間を創っていた。小さな劇場といっても、心地よい広さと大きさがあるのだった。サイドにあるバルコニー席を含めて、お客さんは満席だった。

 

近藤隼さん演じる語り手と、音楽・演奏の谷川正憲さんがギターを膝に抱えて。客入れからもう舞台上にいるのでした。近藤さん演じる語り手が「まだ、始まりませんからね」とお客さんに声をかける。客席がふふふっと笑いに包まれる。客席の空気がやわらかくなって、ほぐれた。こういう瞬間が私は大好きなのです。

 

きらきら星の唄を谷川正憲さんがギターを弾きながら歌い出す。なんて心に響く声なんだろう。一気に引き寄せられたのであります。登場人物が次々と部屋の舞台セットの中に入ってくる。きらきら星の歌を、登場人物たちも歌い出し声が重なっていく。それぞれが奏でるハーモニーは重なり合って、愛おしく美しくて。わあっとこの世界が立ち上がり、まるでもうクライマックスのようで惹き込まれたのです。この始まりが重なる歌声は、この物語にずっと存在している優しい眼差しを感じた。

 

「きみの靴のサイズはいくつかね?」

数字でコミュニケーションを取ろうとする博士。家政婦として働きにやってきた安藤聖さん演じる"私"にも、観客である私にも知らない数字の世界の見え方を博士は持っていて。博士の数字以外のことに対する不器用さと、数字に対する深い興味と愛情と優しさが、串田さんの佇まいからもう感じられて、串田さんが博士だった。

 

友愛数の話は、涙が出てしまった。友愛数の話、好きだなあ。博士と接するようになって、ポケットにメモとペンを入れるようになった安藤さん演じる"私"がとてもかわいい。いつでも計算したり、探し出せるようにって。素敵だなあ。

 

ルートと博士の二人で留守番ができるか、不安に思う"私"に対して。博士のことを母親が信頼していないことに怒ったルート。そして自分がしっかりと博士と二人でも大丈夫だということを証明したかったのに、怪我をしてしまった自分への悔しさ。そういったものを抱えて苛立ち、母である"私"に口を開かずいるルート。

"私"がルートになぜ怒っているのか、何に怒っているのか話を聴いて。それで安藤さん演じる"私"がルートに謝る場面があって。ああ、このひとはなんて素敵なんだろうって感じたのです。

子どもに対してひとりの人間として向き合って。自分が間違ってたことを謝れて。さらには自分を改めることが出来て。母親と息子でありながら、ひとりの別の人間同士としての関係があって。信頼と尊敬があって。この二人だからこそ、博士とも友だちという関係になれたんだなっていうの感じたのです。ここに至るまで、"私"とルートと二人でいろんなことを乗り越えてきたんだろうなっていう背景が感じられて胸がぐっとなりました。きっと喧嘩もいっぱいしたし、いろんな大変なこともあっただろうな。

 

80分を過ぎて記憶がまったく一からになっても、いつだって博士の変わらないルートへの愛情と優しさ。博士の子どもへの優しさと愛情。

 

博士が涙する場面があって。言葉にできない思いが痛いくらい伝わってきて、その博士の抱くものが客席の空気ごとぜんぶ揺らして、わたしも泣いてしまった。ひとつの感情だけではなくて、今までのたくさんの積もってきたものが溢れたんだって感じて。いろんな感情がきっとあるからひとつではないし絞れないのだけど、わたしには悔しい涙に感じられたのです。記憶が80分しか持たないこと、どうしようもないことへの自分への悔しさのようにも思えた。普段は見せない博士の抱えているものの苦しさやどうしようもなさ、葛藤に触れる一面を見たのだった。

"私"は、博士の異変に気づいてどうしたんですか?って近寄って声をかけるのだけど。静かに博士が泣いていて。そしたらそれ以上もう声をかけることが出来なくて、これ以上近寄れないと感じながら、大きく離れることはしなくて、ちょっと遠くからおろおろととまどいながらも、博士を見守っていて。それがとてもリアルだなって感じて。

"私"の優しさと近づけないその正直さと博士への気づかいがぜんぶ相まって立っている体があって、それででもちょっと離れたところから見守るっていうのが、"私"がどういうひとなのかっていうのを表しているなあって感じたのです。そのまま明かりは暗くなり、次の場面へと移るのです。容易に言葉をかけさせない、容易な言葉をかけさせない、なにも言えないっていうその脚本・演出がいいなあって思った。

 

小川洋子さんが描くやわらかいしなやかな強さがある美しい発見がある奥深い博士の世界。俳優さんの佇まいから、観ていてその芯が伝わってきた。

 

安藤さん演じる"私"の柔らかいだけど芯があってまっすぐなところが声からも表情からも体全体から伝わってきて、とても素敵だった。お客さんのほとんどはきっと、家政婦としてやってきた"私"と同じ目線で博士と接する。"私"のとまどいやわからないけれど面白そうという"私"の視点はそのまま観客の視点になっていた。数学に詳しい方はまた違った印象になるのかな。"私"に博士は数字の秘密について、神秘を伝えるように優しく教えてくれる。博士の数字への愛が溢れている。それを受け取る安藤さん演じる"私"という存在がいるから、博士はますます輝いて見えました。

 

串田さん演じる博士は、もう出てきたときから博士で。部屋に籠もって数字の世界に没頭しているその部屋の空気までをも感じさせるほんとうに博士だった。数字のことを話すときや、ルートと遊んでいるときの無邪気な跳ねた嬉しそうな表情。悲しいも嬉しいも心配も不安も博士は心がとってもやわらかいんだっていうのを感じて。普段生きていると私は心が硬くなってしまうことがよくあるから、博士のやわらかな心に触れてとても心がほぐれている自分がいました。博士と"私"とルートの三人がいるのが愛おしくて癒やされて、ずっと見ていたいなっていう風に感じました。

 

井上小百合さん演じるルートが、ルートで、ルートだった。声がとっても素敵だなって思いました!少年のまっすぐさと子どもの心と色んな感情が声からたくさん伝わってきました。観てからもう2週間くらいたつけれど、今でも耳にルートのあの声が聴こえるのです。思い出せるのです。ちょっと高くてやわらかくてちゃめっけのあるルートの声が。かわいい。少年ルートだったんだよなあ。博士とルートの二人の絡みがとっても好きです。

 

増子倭文江さん演じる未亡人。博士の義理のお姉さん。増子さんの演技が凄かったです。あの役柄を。増子さんが体全体から投げかける厳しさや優しさや愛情が、わかりやすく言葉や表情にはそんなに出ないのだけど。体から香りのように醸し出されていて。すごかったのです。

 

近藤隼さん演じる語り手。素敵だったのです。深い風呂敷を広げ客席全員をひとり残らず風呂敷の上に乗せてくれて、博士の舞台と観客を繋いでくれたのであります。柔らかい雰囲気ながらも、しっかりと舞台と観客の橋渡しになってリードしてくれて。生き生きと語りかけてくれて、観客のわたしはうれしかったです。近藤さんが絶対お客さんひとりも置いてかないぞって包んでくれたから、安心と楽しいがありました。後に、語り手たる理由がわかったときの驚きと納得といったら!

 

草光純太さん演じる組合長。家政婦仲間も演じていたと思います。まさかこんなところから出てくる!?っていう場所からナチュラルに登場してきて面白かったです。

 

音楽・演奏の谷川正憲さん。もう冒頭のきらきら星の歌のときに声がびっくり!声の響きがすごくて、人間の声ってすごい…ってびりびり感じました。寄り添うギターの音、やさしく奏でるその声と存在は安心感がありました。まるで博士のお家を、博士と"私"とルートを見守る大きな一本の木のようでした。

 

 

最後のラストは、ある仕掛けがありまして。驚きでした。まさか。そうだったのか!!っていう驚きと喜びと、舞台ならではの仕掛けでした。うわあ。そのシーンのテーブルに腰かけて後ろから見守っている少年ルートがとても好きでした。

 

その最後のシーンは、わたしは嗚咽しそうになるのを堪えるのに必死だったのでした。もう、博士が自分がルートにプレゼントしたグローブのことを覚えていなくて。素敵なグローブだねって、どんな球でもキャッチできるグローブだっていうところでもう涙が溢れて止まりませんでした。

 

個人的な話になるのですが。舞台上の博士が俳優の蔦森さんに重なる瞬間があって。大げさじゃなくわたしは一番苦しいときに、演劇を観ることでなんとか息をして生かされてきた過去があって。この舞台もそうで。演劇を繋いできた現場に立ち続けたひとから受け取ったものがあることを、心に感じました。

 

串田和美さんが俳優に専念されるその姿を。しかも博士で観ることが叶ってほんとうによかったです。わたしの中ですごく大切で大事な舞台になりました。満員のお客さんの舞台に注がれる熱量にも感動しました。その一部になれてうれしかった。やっぱりわたしは演劇が好きなのだと噛み締めたのであります。

 

2023.2.24 観劇 東京公演

原作:小川洋子博士の愛した数式』(新潮文庫刊)

脚本・演出:加藤拓也

博士:串田和美

私:安藤聖

ルート:井上小百合

語り手:近藤隼

組合長:草光純太

未亡人:増子倭文江

音楽・演奏:谷川正憲