本日のshelf♪ver.IMA

春日茉衣のブログ。俳優。

人@shelf's Workshop

shelfのワークショップに見学に行ってきた。人に触れた一日だった。生きてるだけで素晴らしい。だからみんな生き生きと楽しそうな姿を見るだけで、嬉しくなった。こんな日曜日の良いお天気、稽古場に集まってみんなでやってみて失敗してみたり思わぬ所にたどり着いたり。集中していく時ってたまらん。他人からどんなにかっこわるく見えたって何かを探求していく様は魅力的だと思う。素晴らしい瞬間がたくさんあった。探求心。きもちわるいくらいに、こだわったり突き詰めたり終わりがなかったりそういう作業がしたい。稽古場は実験現場で作戦会議で試行錯誤の場だから。それはワークショップでも同じで。自分の体力・エネルギー測定も出来たし、盛り沢山な一日だった。人に触れた一日だった。また明日からがんばろうと思う。うえい!

写真は行く途中に、あまりに可愛くて思わず写真を撮った赤い実。日差しがぽかぽかで、ときおりそよそよと風が吹いて良い天気で歩くのが気持ち良かった。

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人の声とはなんて様々なものをのせるんでしょう。そして人間はそれをキャッチするのでしょう。もうちょっとこねこねして書きたいと思います。


追記…非常に個人的に。滞在していたのは2時間ちょっとですが、稽古場へ行けたこと、あの場に居られたことは私にとって本当に嬉しいことでした。もう生まれたての赤ちゃんかのように、すべてはきらきらとしていました。自分の現在地も確かめられたので、またゆっくりと進んでいこうと思いました。(shelf演出・代表の矢野靖人)矢野さんがよく「俳優は祝福された生き物だ」ということを(言葉ちょっと違うかもなのですが)言うのですが、昨日のワークショップでの最後、二人ないし一人でイプセンの『ヘッダ・ガブラー』のテキストを使い演じている皆さんの姿を見ていて、その意味がちょっとだけわかったような気がしたのです。今まだ言葉に出来ないんですが、俳優の祝福を感じました。

変容/transformation

変容する瞬間、変容していく様、変容し続けていく姿。観客を変容にもちこむということは、俳優が変容していくということ。観客は俳優を通し感じ見変容していく。

声が出る瞬間には叫びと祈りがあるんじゃないか。言葉が生まれる瞬間には叫びと祈りと願いがあるんじゃないだろうか。その声は言葉は、観客が聴いている。人は変容し続けていて、それは言葉を共にしているのではないだろうか。己の吐いた言葉によって変容し(意図せず言葉に因って)、言葉にすることで己を変容させようとしているのではないか。観客、俳優、変容、言葉。私たちは何を求めて劇場に足を運ぶのだろうか。

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どのように、どのような、変容なのか、はたまた変容しないのか。それは扱う戯曲やテキストにより違う。私は俳優だから俳優として考えるけど、わかっていることはどんな言葉を扱うにせよ、自分を使って(お前の持っているありとあらゆる資源を使い尽くせ)そのテキストなりが生まれる現場を発生させるということ。そのとき何が起きているのかというと、現場を見ている側の人間も同じ体験をしている。(ように思う)観客も同じ体験をしていると仮定すると、すごく難しいのだけど、俳優側に装ってる部分(意図的であれ無意識であれ)、余力、使い尽くせていない部分が微かにでも存在すると観客にも微かに余裕が生まれる。(余裕という言葉が当たっているかというとちょっと違う意味に捉えられてしまうかもしれないのだけど)本当にその言葉がその俳優からまさに現在(イマ)生まれている時(たぶん使い切らないとそこでその言葉は出てこないはずだから)、観客も同じ体験をしているから微かな隙間や余裕はない。と思うのだ。とんでもないことが起きていて、観客は俳優を通して感じ同じ体験をしているから、そこに余裕はない。のではないだろうか。観客の余裕の有無、それが一個基準になってわかるっていうか。上手く言えないのだけれど。自分が観てきたものを思い出しながら考えてみたときに、奇跡って言うとちゃっちくなる気がしちゃうんだけど(そんなことはない)、奇跡のような公演っていうのがいくつかあって。つい先日10/27に観た「トスカ」のあの公演もそうで。ああ、こういう瞬間があるんだよなっていう。その時っていうのは、観客は全神経使って感じ見て聴いていて、俗(?)が入り込む微かな隙間余裕はないんだよね。何が言いたいかっていうと。俳優はテキストが生まれる現場を押さえる、自分を使い尽くしてその現場を発生させる、そこには変容がある、のではないかということ。そしてそこに注力していけば、大きく道を外すことはないんじゃないかということ。やってみてこっちじゃないね、あっちだね。とかになるっていうか。ううむ。全くとっかかりがなくてわからなかったら、演出に相談してもいいし。どう思う?って共演者と話してみてもいいし。これは俳優復帰して迷いの森に入ったら読んでくれ私。

私たちは観客がいて初めて存在できる

自分のことを知っていくことは生きていく上(生活面)でもプロフェッショナルな仕事をする上(仕事面)でも必要なことで、一生続く終わりのない作業だと感じる。

自分のことを知る、というのと
自分にしか興味がないというのは違うよなと。

自分に興味はあって構わないが、比重が極端に片寄って自分(ここで指したいのは演じる俳優)だけになってしまうのは違う。そこに陥ることはよろしくないし、一刻も早く出てくることを要する。

その自分だけにならないカギは、俳優の存在に繋がるのだけれど、俳優が俳優として存在するのは、そこに"観客の視点"があるときである。"観客の視点"があって初めて稽古になるのだと思う。この場に観客はいないけれど、"観客の視点"を想定することで俳優は存在することができ稽古が可能になる。
そして演出家は、チームの舵取りをする船長であり観客の目を持つ人物なわけである。(稽古は来るべき観客との出会い(公演当日)に向けての準備期間であり作戦会議の場であると私は理解している)

そうすると"観客の視点"が欠落している訓練なりワークショップなりは"俳優の訓練"にはならないということだ。
"観客"なくして"俳優"は成立しないのだから。
"観客の視点"なくして"俳優の訓練"なぞあり得ないのだ。

とすると、俳優の訓練をしたいと望むならまず一番始めにすることは、"観客の視点"を想定することである。逆に言えば、"観客の視点"さえキープできていれば、俳優の訓練は可能になる。いつだって、どこにいたってね。

以下、先人の言葉を引用する。

 「ある空間を設定し、その前に観客の眼を想定し、その空間においてどのように身を構えるかと考えた時、我々の「演劇」ははじまっているのである」
別役実

決まっている

"終わる魔法の中にいたこと"

記念写真/BUMP OF CHICKEN


芝居は決まっている、終わる、終わることが決まっている。人は決まっている、死ぬ、死ぬことが決まっている。生命は決まっている、終焉を迎えることが決まっている。どれだけ一秒を細かく出来るだろう。

決まっている、当たり前のこと。


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だれもきづかない

だれもきづかない かたすみのものにも/おおきないみは あるものです/だれにもきこえない かすかなこえにも/このよの ほんと があるように

岡田哲也『花もやい』



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解放区への旅

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2017年9月20日リリース 
黒木渚 New Single「解放区への旅」


友人から黒木渚の曲を聴かせてもらってそこから好きになった。彼女の曲は肉体を感じるというか、血管から沸き上がってくるような血を感じる。生々しく黒い血、赤に紫が濁った臓器の色、真っ赤な鮮血。血はデビューシングルのMVから来ているイメージなのかもしれないが、彼女の書く曲の底には血を感じる。「灯台」「アーモンド」の2曲が特に好きで寝る前とか歩きながらたびたび聴いている。「灯台」は映画「全員片思い」の主題歌として黒木渚が書き下ろした曲である。私は映画は見ていないのだが、片思いの曲は好きだ。私が「灯台」を聴きながら思い浮かべたのは、劇団の先輩である川渕優子さんだった。片思いって恋愛だけじゃないよなと思う。視線の先、というか。片思いって対象へ向けたその人の視線があって、視線が片思いの全要素なんじゃないかとさえ思う。私は曲の中で視線、目線を追うのが好きなんだよな。(aikoの曲なんかまさにそういう視線がたくさんちりばめられていると思う)
話がそれたが、優子さんは私にとっての灯台だと思っている。ここだけの話。

黒木渚が喉の不調で音楽活動を休止してから約1年、復帰作となるのがこの「解放区への旅」である。カップリングには、なんと私の好きな「灯台」が収録されているのだ!カップリングは「灯台」「火の鳥」「ブルー」と3曲入っている。彼女は音楽活動休止の間、どんな日々を過ごしていたのだろう。どんな思いでこの曲を書き上げたのだろうか。終わりからの始まりの歌。この曲から私は無限の力をもらう。


黒木渚「解放区への旅」【Official Music Video】





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Now is the time